薬剤師になって見せる~医療職としての吟持を持って~

106回薬剤師国家試験に合格。次なるステージを見据えて自身の気持ちを前向きに考えて、薬剤師としての一歩を

私が思う、『幸せ』とは。~ある記事から見えてくるものとは~

おはようございます!

今日は自分なりに見えてきたことを書いていこうと思います。

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前にも書いたことがありますが、性的マイノリティの方たちも、この世の中

存在しています。それが、『気持ち悪いこと』にはならないと思うんですね。

人としての幸せは何かは、その人によって異なってくるでしょうが、根底の部分は

変わらないと思うんですね。

私は、国家試験が終わるまでの間、自分がしている事に、意味を見出しきれず、

悩んだことがあります。私の場合は、短期的な悩みで終わりましたが、この上記の

方たちの悩みは長期的な話であるんですね。

自分が思う『大切な人』と一緒にいられることが、本当に大切なことだと思うんです。

それが幸せの一つではないかな?と思います。

…ということを思うに至った、思いの丈を述べて行こうと思います。

『異性間』『同性間』に限らず、人としての理解が必要

異性間カップルを街角で見かけると、凄く幸せそうなオーラをバンバンだしている

方が多いなと思っています。

ただ、そういう人ばかりではないということも、頭の片隅にはありました。

それは、シオリーヌさんの動画をみて思っていたからなんです。

『異性間』だから、幸せになってもいい、『同性間』だから、そういう幸せが

望めないということはないと思うんですね。

何方に限らず、『人への理解がなかったら、その人と一緒にいたい』とはならないと

思うからです。

異性間でも、誠実さが見えて来ない方が多いなと、テレビ報道で多くの不倫を目にして

思います。

結婚した後も、他の女性と繋がっていた…。何それ?ですよね。

浮気は男の甲斐と言われた時代は終わっているんだということを、強く思います。

性別を書く欄が消えた履歴書の存在

報道で知りましたが、本当に販売が開始されているみたいですね。

私もびっくりしました。

ただ、そういう性的マイノリティの方たちが社会で未だに正しい理解がされずに

差別、偏見を受けているんだということを知らしめるきっかけになったと思います。

五体満足で仕事が出来るからだがあるのに、働けない、性的マイノリティの前例が

ないから、一緒に仕事をするのは気が引ける。…

という、根底にある偏見があるんだろうなと思いました。

そして、まだまだ性的マイノリティに対する世間の理解もまだ追い付いていません。

特に、『異性間』カップルであれば、出来る結婚も、同性間では認められていません。

自治体によっては、パートナーシップ制度とかがあるとはいいますが、それだけでは

まだ、足りていないのが現状です。

病状説明も、『パートナー』ではなく、『家族』へ

医師などの医療関係者の、この態度で一体どれだけの人が傷つくんだろうと思った事を

実際に感じたことがあります。あの時は、仕方ないのかな?って思っていました。

が、今回の記事を見て、私は衝撃を受けました。

多くの『同性間』の感染症に力を入れている医療機関がそういう態度をとったという

ことにです。

普通なら、そういう方に対して、理解を示していると思われている、そんな医療機関

も、実際は程遠い状態なんだということを知り、悲しくなりました。

もちろん、医療者も人間です。気が動転している可能性もあります。

でも、『異性間』又は『同性間』で一緒にいる方に対して、一定の配慮って必要

だと思うんですね。周りに対しての配慮に似ているなと思います。

自分が思う『幸せ』とは。

私は今回の記事を見て、何が幸せにあたるのかは、本当にその人でしか理解しえない

部分があると感じています。それである中で、自分はどういう物が幸せなのかを

考えてみました。

それは、この三つです。

『自分が満たされている、人から理解されている、自分の存在そのものに意味を

 感じられる』

特に、『自分が満たされている、自分の存在そのものに意味を感じられる』

という部分を大事にしたいと思っています。

これら二つは、自分という人格を持つのは自分しかいないことの現れであると

思うんです。

人から理解されているか、否かで不幸せになる?って思われるかもしれませんが、

それは、まずないです。人から理解されなかったとしても、自分なりの存在意義

を自分の中で持てていれば、問題ないと思います。

でも、この三つが全て揃わない時がいずれやってくることがあります。

その時に、『心が病んでしまった』などの症状が出てきてしまうんです。

じゃあ、そこからどう復活できるか?そこに、その人の人間としての根底に

ある強さが見えてくると思います。

自殺をしてしまう人たちが弱いとは言いません。自分の中に溜めこんでも、それでも

必死にいきようと努力していたと思うんです。でも、心が一杯になって…という

人が多いと思います。

そういう人たちまでが、自分を大事にでき、自分の存在意義まで、大事に出来る

心に寄り添うことが出来るというのも、私なりの幸せになるのではないかと

感じています。

まとめ

異性間、同性間のカップルが存在するのは、それぞれが、人としての理解し合うことを

欲しているからこその事だと思っています。

社会的な差別、偏見を起こしてしまうのは、そもそも、私たちの根底にあるものが

原因ではないかと思っています。

お互いが人としての理解の上で成り立っている事を、それぞれが感じられる

そういう環境を作っていければ、いいのではないかと感じました。