薬剤師になって見せる~医療職としての吟持を持って~

106回薬剤師国家試験に合格。次なるステージを見据えて自身の気持ちを前向きに考えて、薬剤師としての一歩を

女性理事の大幅増から見えてくることとは?

www.msn.com

おはようございます!

ここにも、ジェンダーが残る発言をされている記者さんがいたみたいなので、

共有したいと思います。

私は、女性理事の大幅増を決めた新会長の橋本さんには、拍手を送りたいと

思います。

女性の目線の重要性をより再認識させるための、演出かもしれない…と思う

方も居られると思いますが、私は全く異なると思っています。

では、どういう意味が今回の件に込められているのか…見ていきましょう。

女性差別の解消が急務であるということ。

医療現場においても、男性社会が未だに続いています。考え方も古いまま。

まだ、女医さんや他の医療職の方たちの女性の率が高くなっているものの、

女性が安心して働ける環境か?と言えば、そうではないですよね。

医学部における入試における差別が問題になりましたが、その時の、

理事長、学長の言い分に私は衝撃を受けました。

『男性はずっと働けるからいいけど、女性は、戦力にならない、やめてしまうし』

簡単にはこう言っているように聞こえました。

やめてしまう理由にすら、目を向けず、『やめる側が悪い』という認識しかない

ということに何とも言えず悲しくなった記憶があります。

言い過ぎかもしれませんが、女性は医師に向いていないということを言っている

とも取れる発言をされているとも感じました。

女性において、子育て、家事など、することが多くなります。

職場の環境が恵まれている方も居られると思いますが、『嫌味を言われるだけ』

の職場もあるのではないでしょうか。女性というだけで、ろくに言われないのは

いかがなものか…私は思っています。

女性理事を多く…というのは、『多様性を重視する』という考え方を伝えるため。

今は性的マイノリティの方たちの存在や多様性を受け入れていく体制の急務が

求められています。前回の記事の中でも、書きましたので、読んでみて下さい。 

kokkasiken.hateblo.jp

 多様性を尊重する教育というものが、今の日本ではまだまだされていません。

出来ない子への圧力、いじめが起きるのも、そういう子たちを受け入れる事

への恐怖から来ていると感じます。

私もいじめを経験しているので、余計思うのですが、『みんなと同じ、みんなと

一緒に』という『同調圧力』って怖いなという実感があります。

なんでも『イエスマン』って怖くないですか。

私は怖いです。いじめを止める事ができる子がいれば、助かる命もあるんです。

そこを意識できていない方が多いと思います。

そういう意識の改革が急務であるという認識を基に、女性理事の採用を大幅に

増やすという決定を下したのではないかと考えます。

医療現場に実習に行った時に気が付いたこと

私がまだ、大学生の時、実習で病院に行かせてもらったんですが、そこでの

実習先の女性の多さに圧倒されました。医師も、看護師も、そのほかの方も

男性よりも多い印象でした。

子育てして家事もして、働いている方が多いということを想定して、職場に

保育所を設置して、そこで預けれるようにしている、男性も女性も、対等な

関係で仕事をするということが前提にあると感じられる職場でした。

他の医療機関に同じような場があるのかというと、ありません。

といいますか、職場に保育園が隣接している、又は施設内に存在している

というのは、かなり珍しいことなのでは?と感じました。

そこの理事長の先生の考え方に思いを馳せ、その先生が人材育成や人材の

確保に物凄く、心を砕いているのだということを感じました。

子育てしながら働いている方が多い中で、子供と一緒に、職場に行き、

預けられるということがどれだけ、『精神的な安定感を得られるか』わかりますか?

働く人の視線に立って、考えていることがわかるなと思いました。

 人が『人として』適切に、評価される時代を作っていく礎になりたい。

私は、国家試験が終わった後、母と壮絶な喧嘩と言いますか、言い合いをして

しまいました。と言いますのも、私の中に溜まっていた感情や今までの想いが

爆発したものが原因であったと思います。

その一方で、『いろんな子がいるという認識すら持たないまま、出来ないあんたを

責め続けたのは、本当に馬鹿だったんだなと、今だから思える。』と

言われたことがありました。

その一言が出てきた瞬間、私の今までの想いが全部でてしまいました。

かなり内容がぶっ飛んだ言い合いでしたので、ここでは書けませんが、

その言い合いをしてみて思った事があります。

確かに、私は、『いい評価』を受ける事は極端にすくない子でした。

出来ないなりに努力をしていても、『努力』として認めて貰えないことが多かった

です。周りからも、下に見られることも多かったですね。

でも、私がここまでこれたのは、『私を適切に評価をしてくれた』人の存在が

あったからです。

予備校であった同期や、同じ大学で勉強した仲間、先生方など、いろんな方に

正しく評価して貰えたからだと思います。

私のように、仲間や先生に恵まれている方はいると思います。でも、それを

自慢することでもないと思います。ボッチでも頑張って勉強している方が

いますし、そういう方に対して、適切な理解がされていないのではないかとも

思います。私も、『一匹狼』で活動する事、友人と活動する事があります。

人と群れることに疲れる事もあります。でも、自分の事を『的確に、適切に

評価してくれている』かどうかは、きちんと把握することが必要だと思います。

その人の個性、努力をきちんと把握する力は、これから現場で働く人には

必要なことではないかと思います。

そういう『人を適切に評価する環境や時代を作る意味でも先駆的な存在』に

私はなりたいと思います。

まとめ

今回の記事では、『多様性を受け入れる場所、環境、時代にしていく』という

会長の橋本さんの想いを強く感じます。なぜ、聖火リレーの辞退者が多くなっている

のかというのは、『女性蔑視を日本が容認しているかのような態度を持っている

中で、オリンピックを開催する事への危機感』から来ているからなんです。

記事では、『今更感がある』とありましたが、私は全く新たな時代が来ると

思っています。的確に、適切な評価が、人の心を作っていきます。

そういう部分に対して、私たちも、真面目に考えていく必要があるのではないか…

と思います。

一部、私の事を書きましたが、そういう時代があったということを踏まえて、今の

私を評価して頂きたいと思います。

この記事をみて、思った事があれば、コメント頂ければと思います。