薬剤師になって見せる~医療職としての吟持を持って~

106回薬剤師国家試験に合格。次なるステージを見据えて自身の気持ちを前向きに考えて、薬剤師としての一歩を

私が、思う『北山先生のこと』

おはようございます!結果まで、後一日になってしまいました。

結果は結果として受け止め、前を向き続けることを努めていこうと思います。

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皆さんは、この方をご存知でしょうか。少し、年齢が上の方ならご存知の方も

多いのではないかと思います。北山修さん。

『あの 素晴らしい 愛をもう一度』を書いた方で、実際にうたわれた方です。

相方の加藤さんと一緒に活動をされていました。

北山さんの凄いことは、学業の傍ら活動を続けていたということです。

そして、ちゃんと医師となっているんです。前にも、医学部生が、音楽活動を

していた事を見ていたんですが、やっぱり学業との両立の厳しさ…これがネックに

なって大学を退学されたそうです。

こういう風に見ると、本当に『そうれ相応の覚悟を持って医師になることを選択

した』北山さんなんだと感じました。

なぜ、『あの 素晴らしい愛を もう一度』を記事に書いたのか。

実際に聞いたことがある方が多いと思いますが、私は、この曲を知ったのは、父の

車で流れていた音楽の中で、一番心に残ったからでした。

私は大方の古い曲以外、知らないです。なぜかというと、父が古い曲以外をかけて

こなくて、小さい頃から聞き続けてきたのでそれに慣れて、鼻歌まじりに歌えて

しまうんですね。でも、今回のこの曲は、本当に『今の時世の方に聞いてほしい』

と思います。コロナ禍で『人と人の温かみのある関係より、ギスギスした関係』が多く

なっています。そういう世情を見て、この曲でいい意味で、大事な事を教えてくれるの

ではないか?と思っていたとうのが本心にあったからです。

相方を『自死』で無くす、その無念さが『精神科医』として重く圧し掛かっているという本人の気持ち

相方で一緒に活動してきた加藤さんを自死により、失った事。これは、医師として

本当に辛い気持ちになったであろう経験だと思います。

 「加藤君には2人の人間がいた。1人は楽しく明るく前向き。もう1人は厳しく完全主義で怒ると怖い人。今回はそのもう1人が自分を殺してしまったんだと思う。曲を制作する時は人の意見も聞いてくれたんだけど、最後の幕引きでみんなの意見を聞いてくれなかった」

 これは、出棺前の挨拶で言われた言葉です。この言葉から、皆さんは、どう思われるで

しょうか。この一言を言う事への心苦しさがどれだけあったのだろうか。

加藤さんの特性を知り、精神科医という立場で活動している身でありながら、本当に

助けないといけない存在を失う事。自分のやるせなさから、出た一言だと思いました。

加藤さんを表した言葉がこちらです。

 「すべてが一流のプレーヤー」と評し、一人の人物の中に音楽家と演出家という、2つのあり得ない役割が両立できるがゆえに、なかなか自身は満足が得られない天才の不幸を指摘。

 ここで言いたいのは、実際に一緒に活動してきた仲間を、『音楽家と演出家の二つの

立場を両立できる』と評しています。そして、天才と認めているんですね。

自分の立ち位置を理解し、相手を評価できる事。なかなか難しい立ち振る舞いですが、

それができるだけの力があるという点で、北山先生のお人柄を見た気がします。

大学の学長へ

精神科医として、臨床家としてだけではなく、研究者としての顔もある。

それだけではなく、多くの人の心を打つ楽曲の作詞家としての顔もある。

そういう多彩な活動範囲を持っている方が学長になるということは、本当に

凄いことではないかと思うんです。

医療の現場を見ているからこそ、何が今社会に求められているのかということに

前向きに向きあえる力を持っている。ということも、今回の学長就任の際に、

見られた部分ではないかと思います。

まとめ

読者登録をして頂いた方が、精神科医を目指されているということなので、ちょっと

その方に寄せた記事になってしまいましたが、多彩な活動の幅を持つ医療者の存在も

あるんだということを知って頂きたいと思い記事にしました。

医療者といっても、いろんな方がいます。昔であれば、斎藤茂吉さんが有名かもしれま

せん。そういう事も含めて、いろんなことに興味関心を向けていくことが凄く大事だな

と感じました。