薬剤師になって見せる~医療系学生の吟持を持って~

薬剤師国家試験を二度失敗して、来年に向けて日々努力しながら、薬剤師になるための気持ちや思いなどを含めてのブログ

私が思う、『幸せ』とは。~ある記事から見えてくるものとは~

おはようございます!

今日は自分なりに見えてきたことを書いていこうと思います。

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前にも書いたことがありますが、性的マイノリティの方たちも、この世の中

存在しています。それが、『気持ち悪いこと』にはならないと思うんですね。

人としての幸せは何かは、その人によって異なってくるでしょうが、根底の部分は

変わらないと思うんですね。

私は、国家試験が終わるまでの間、自分がしている事に、意味を見出しきれず、

悩んだことがあります。私の場合は、短期的な悩みで終わりましたが、この上記の

方たちの悩みは長期的な話であるんですね。

自分が思う『大切な人』と一緒にいられることが、本当に大切なことだと思うんです。

それが幸せの一つではないかな?と思います。

…ということを思うに至った、思いの丈を述べて行こうと思います。

『異性間』『同性間』に限らず、人としての理解が必要

異性間カップルを街角で見かけると、凄く幸せそうなオーラをバンバンだしている

方が多いなと思っています。

ただ、そういう人ばかりではないということも、頭の片隅にはありました。

それは、シオリーヌさんの動画をみて思っていたからなんです。

『異性間』だから、幸せになってもいい、『同性間』だから、そういう幸せが

望めないということはないと思うんですね。

何方に限らず、『人への理解がなかったら、その人と一緒にいたい』とはならないと

思うからです。

異性間でも、誠実さが見えて来ない方が多いなと、テレビ報道で多くの不倫を目にして

思います。

結婚した後も、他の女性と繋がっていた…。何それ?ですよね。

浮気は男の甲斐と言われた時代は終わっているんだということを、強く思います。

性別を書く欄が消えた履歴書の存在

報道で知りましたが、本当に販売が開始されているみたいですね。

私もびっくりしました。

ただ、そういう性的マイノリティの方たちが社会で未だに正しい理解がされずに

差別、偏見を受けているんだということを知らしめるきっかけになったと思います。

五体満足で仕事が出来るからだがあるのに、働けない、性的マイノリティの前例が

ないから、一緒に仕事をするのは気が引ける。…

という、根底にある偏見があるんだろうなと思いました。

そして、まだまだ性的マイノリティに対する世間の理解もまだ追い付いていません。

特に、『異性間』カップルであれば、出来る結婚も、同性間では認められていません。

自治体によっては、パートナーシップ制度とかがあるとはいいますが、それだけでは

まだ、足りていないのが現状です。

病状説明も、『パートナー』ではなく、『家族』へ

医師などの医療関係者の、この態度で一体どれだけの人が傷つくんだろうと思った事を

実際に感じたことがあります。あの時は、仕方ないのかな?って思っていました。

が、今回の記事を見て、私は衝撃を受けました。

多くの『同性間』の感染症に力を入れている医療機関がそういう態度をとったという

ことにです。

普通なら、そういう方に対して、理解を示していると思われている、そんな医療機関

も、実際は程遠い状態なんだということを知り、悲しくなりました。

もちろん、医療者も人間です。気が動転している可能性もあります。

でも、『異性間』又は『同性間』で一緒にいる方に対して、一定の配慮って必要

だと思うんですね。周りに対しての配慮に似ているなと思います。

自分が思う『幸せ』とは。

私は今回の記事を見て、何が幸せにあたるのかは、本当にその人でしか理解しえない

部分があると感じています。それである中で、自分はどういう物が幸せなのかを

考えてみました。

それは、この三つです。

『自分が満たされている、人から理解されている、自分の存在そのものに意味を

 感じられる』

特に、『自分が満たされている、自分の存在そのものに意味を感じられる』

という部分を大事にしたいと思っています。

これら二つは、自分という人格を持つのは自分しかいないことの現れであると

思うんです。

人から理解されているか、否かで不幸せになる?って思われるかもしれませんが、

それは、まずないです。人から理解されなかったとしても、自分なりの存在意義

を自分の中で持てていれば、問題ないと思います。

でも、この三つが全て揃わない時がいずれやってくることがあります。

その時に、『心が病んでしまった』などの症状が出てきてしまうんです。

じゃあ、そこからどう復活できるか?そこに、その人の人間としての根底に

ある強さが見えてくると思います。

自殺をしてしまう人たちが弱いとは言いません。自分の中に溜めこんでも、それでも

必死にいきようと努力していたと思うんです。でも、心が一杯になって…という

人が多いと思います。

そういう人たちまでが、自分を大事にでき、自分の存在意義まで、大事に出来る

心に寄り添うことが出来るというのも、私なりの幸せになるのではないかと

感じています。

まとめ

異性間、同性間のカップルが存在するのは、それぞれが、人としての理解し合うことを

欲しているからこその事だと思っています。

社会的な差別、偏見を起こしてしまうのは、そもそも、私たちの根底にあるものが

原因ではないかと思っています。

お互いが人としての理解の上で成り立っている事を、それぞれが感じられる

そういう環境を作っていければ、いいのではないかと感じました。

中学受験を経験している私から言いたい事。

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こんにちわ。衝撃な記事を見て、より精神的にえぐられる思いに駆られました。

ここに出てくるKさん。今言っている中学校がフィットして本当に良かったと

心から思います。

私も、中学受験を経験しました。親が経験していないことを、子供にさせることに

なりましたから、一から手探りな状況であったと思います。

それでも、中学受験を経験しているからこそ、いろんな意味で、見えてくることが

多かったのではないかと思います。

しかし、中学受験を経験している親御さんであれば、どれだけ良かっただろうと

思った事もなかったわけではないです。

でも、今回の場合のように、受験する学校に対して、何を求めていくのかが

完全にぶれた状態で、親の考えの押し付けでは、本当に子供のためになるのかな?

って思った事があります。

………ということで、私がこう思うようになった理由を三つ話していきたいと思います。

 

中学受験=親の経済力と相関するということ。

これは通塾経験や、進研ゼミ講座の入会など、受験勉強に必要な物品などは、

どれも、お金がかかります。そうでなくても、普通に暮らしていくための生活費、食費

医療費他いろいろなものが出費として出て行きます。その中に、学費を詰め込むことに

なるということになると、そこから、学力における格差が出現していく可能性がでて

来ます。お金を掛けられるなら、かけてあげればいいやないの?って親が良く言われる

と私に言いました。勉強するうえで、お金の力は本当に計り知れないものがあります。

お金があるから、親が稼いでいるから、勉強するためのお金が出せているんだというこ

とを良く理解する必要があるのではないかなと思います。本当に親の経済力が物を言う

ことに今、強く感じて、放心状態でいます。

出来ない人間としての苦労

私は、周りの子たちに比べると何をするにも遅い、鈍い、不器用の三拍子しかなく、

頭が良いわけでもなかったので、余計に、生きづらさを感じていました。

そのため、親も苦労の連続であったように思います。

とはいえ、それでも、苦労してでも勉強することが求められている家庭環境に身を

置いている以上、真面目に生きていました。

ただ、両親揃って頭もいい、弟も頭が良いという中で、一番出来損ないだった私は、

中学受験をしたところで、どうなのかな…という思いがありました。

ただ、人間が真面目だったのが幸いし、いろんな人から助け舟を出してもらえていた

事もありました。大学に進学した時も、中学受験組が多い大学であったため、

同じ経験をした同志として、仲良くなれたのは良かったと思います。

中学受験は、子供の可能性を広げるための手段であり、ゴールではない。

今回の記事を見て、思ったのは、中学受験で

『いい中学校に入る、いい大学へ進学する』という親の価値の押し付けがありました。

Kさんは真面目な性格であるがゆえに、頑張ってやっていたということですから、

反発もせず、凄い子だなと思いました。

ただ、思うような中学校に行けなくなった時に、公立中には行きたくない。という

一言を言われた時、痛く共感できました。

『中学受験に落ちた奴、意識が高いだけ』という冷かしを受ける可能性は十分ある

と思いますし、自分も同じ立場に立たされた経験があるので、凄くわかりました。

ただ、入ることだけが目標になってしまっては本末転倒ですよね。

いろんな意味で、勉強だけではなく、心身の醸成も、必要です。自分の行くべき

進行方向なんかも、考えていかないとだめです。

そういう環境から、飛び出していくことは凄く大事だと思います。

そこの学校から、どういう進路で進むかはわからないわけですから。

中学受験を考えている全ての親御さんに言いたい事。

子どもが自主的に、中学受験をしたいと言われた、自分がしてみて良かったから

子どもにさせる、などいろんな意見があると思います。

しかし、一つ気を付けて欲しいのは、『親が勉強しているんじゃないんだ』という

自覚をしてほしいんです。

そして、もしお子さんが出来なくても、叱り飛ばさないであげてほしいです。

出来なくても努力している方、いっぱいです。

私みたいに、周りが頭が良すぎて、生きづらさを感じている子もいると思います。

そういう子でも、必死で頑張って成績を上げようとしているんです。

努力認めてあげて欲しいです。

以上で終わりにします。

 

 

国家試験を受けてみえてきたこと。

こんにちわ。

私は、106回薬剤師国家試験を受けました。

本当にいろんな所で、感染対策が徹底された中での受験であったので、

緊張が最高潮になっている方がほとんどでみなさん、お疲れ様でしたと言いたい。

反省点や対策を考えてみて思ったのは、

『自分の中の知識を縦横無尽に使いこなせる力が、今の国試には必要であり、

 自分の知識を正しく引き出す力が問われているんだ』ということです。

薬剤師になるにしても、合格しただけではなれません。

薬剤師名簿という国家のデータベースに登録をお願い(申請)しないといけません。

それ以上に、知識が十分にあっても、見えていなかったり、読み飛ばしてしまった

りでは、意味がありません。

ここから先は、かなり突っ込んだ内容を考えていくことになるので、難しいかも

しれませんが、読んでいただけるとありがたいです。

薬剤師国家試験は、『戦闘能力の高い人材の選別するシステム』である。

他の医師、看護師においても国家試験がありますが、薬剤師国家試験においては、

この部分がかなり高く占めているのではないかと問題を解いてみて感じました。

特に、医師、看護師とは異なり、薬の専門家という特殊性もありますが、それ以上

に、他の医療従事者とは異なる目線で、患者さんを診ているという意識を持たないと

いけません。

昔のように、調剤室にこもっていては、顔が見えないどころか、『袋詰め』を

しているだけとみられてしまうこともあると思います。

物から人へ。この意識をより強く感じる問題が過去問を解いていて見たことがあり

ますが、この意識を持っている人が未だに少ないのか…と衝撃とともに、

辛さを感じました。

意識が高いとかではなく、自分の意志がどこに向いているのか、自分はどういう

方向性を見ていきたいのか。

そこの意識が未だに低い薬剤師の存在に、強い危機感を持っていることが

国家試験から、見えてきました。

薬剤師国家試験は、『知識を習得するだけではなく、使いこなせる力を見ている』

mathonlineさんのブログにこういうコメントを付けていたことがあります。

それは、数学の考え方が本当に大切なんだなと痛感したことです。
理論立てて勉強しないと沢山の科目を勉強することができません。しかも、この考え方はこの科目でも通用するといった横断する力…。これは、数学の問題でもあるんですが、一つの分野だけの考え方だけでは難しいけど、他の範囲の考え方も入れたら解けたという感覚と一緒だなということです。この科目を繋げて横断や縦断する力は本当に大事ですし、その考え方をきちんと理解していないと、試験で点が取れないということ。 

 他の医師、看護師の国家試験でももちろん、この考え方が必要にはなってくる

でしょうが、薬を扱う薬剤師になるための薬剤師国家試験においては、他の

医療従事者の国家試験以上にこの数学的な考え方が必要ではないかと思うんです。

題名にもありますが、『知識の習得だけではなく、使いこなせる力』も試験によって

測られているともとれると思います。

私は、受験生の時は、なんのこっちゃと思っていましたが、こういう横断的な考え方

をしっかり意識して勉強することの重要性や重大性を強く意識した次第です。

薬剤師国家試験は、『人としての常識があるかを見ている』

禁忌肢の導入が104回薬剤師国家試験からありました。

これに引っかかったら最後、規定数以上踏むと自動的に不合格になるという

仕組みができました。

私は、模試でも、禁忌肢を踏んだことがありませんでした。

なんといいますか、知らない間に、避けているんですね。

これは本当に自分でもわからないぐらい、上手く避けて歩いて選択肢を見つけて

いるとしか思えないレベルなんです。

自分でも怖いですね。

でも、禁忌肢を踏む、踏まないということだけを考えても意味はないです。

ここで考えないといけないのは、『薬剤師として自分がどう人と向き合っているか』

を意識していれば、特に問題はないと思うんですね。

禁忌肢を踏んでしまうのは、自分の心に余裕がないからであり、急いでいるから

なんです。そこは、『意識を一旦落ち着かせることで、問題を見ていくこと』が

必要だと思います。

最後に、大学受験、中学受験、そのほかの資格試験にも通じること。

国家試験を含んだいろんな試験。

たった一回で人生が決まってしまうかなりシビアな世界であるという意識を持っている

方がほとんどだと思います。

ただ、そこでもし落ちたとしても、決して自分を責めないで欲しいんです。

自分の力不足もあったかもしれません、でも、自分が頑張っても、相手の方が

一枚、二枚も上手だったということも考えられるわけです。

周りの出来、不出来も、試験においては考えないといけないことです。

そういういろんな要因が基で落ちてしまう可能性もあるということを、受験一般を

考えている方にはわかって頂きたいと思います。

自分の思う道に進める事を、心より願っています。

 

面談をして思った事、改善点が見えてきました。

こんにちわ。

今日の昼一で、アドバイザーとの国試後の面談がありました。

私自身の思いの丈を述べてから、いろんな事を話してみて気が付いたこと、

そして、自分が去年の自分になんて言えることがあるのかということも

考えるきっかけを頂けたと思います。

自分の『やると決めた事』をそれだけを『やりぬく』

人間誰でも、弱いです。

本当に弱い。

だからこそ、不安に押しつぶされそうになることがあります。

私もそうでした。特に私の場合、苦手な科目が二つもあったので、それを

見ていても、点の伸びが不十分であり、講義期間中も点が取れないことへの

恐怖から、自分でやる以上に、勉強相談をしてしまう部分がありました。

ただ、人それぞれです。その人にあう勉強法を考えていくことが大事です。

自分の能力、キャパシティーを超える量の、勉強量をこなせるのかと言えば、

まず難しいです。

だからこそ、『自分がやると決めて、それだけをやってしまう』という気持ちを

強く持つことが大事だと思います。

自分が出来なかった事ではなく、出来た事に目を向けよう

出来た事、出来なかった事。国試が終わって思う事いろいろあると思います。

私も反省点を洗い出し、いろんな意味で、精神的な不安定の中で勉強しています。

いろんなダメだったこと。多いです。

それがどんどん出てくることへの辛さを心から受け入れるのは本当に大変です。

でも、いかなる事項も受け入れることに甘んじています。

ただ、それだけでは心が苦しくなるというもの。

それだけではなく、『自分がやってみて出来た事に目を向けていく事』が

大事だと言われました。

点を伸ばしている事をどこまで、自分が感じられるか

私が今回、化学、薬剤で、まさかの点数がアップしました。

本当に嬉しかったです。そして、化学では必須問題で満点が取れました。

全体の点が平均を超えることもできました。

それは自分が捨てたいという気持ちを持ちながらなおの事、必死に頑張ってきた

結果であるということは誰の目からも明らかです。

繰り返しが足りなかったから、点数が上がっていない。

そうではないです。十分上がっているということに目を向けることが大事

ではないかと思っています。

改善点、対策について

出来ない事を出来るようにするには、点を飛躍的に叩き出そうとすれば、

かなりの時間がかかる。元からすんなり点が取れる人なら、私のような

苦労はしなくても済む。

ですが、点が取れない事に、悩み苦しんでいる人にとっては、そういう人

とは異なり、倍の努力をしていることがわかります。

わずかの量の努力か、それ以上の努力を要するかは人により、様々です。

でも、努力をしても思うように点がないことはあります。だからこそ、

出来る事を今後の糧にし、出来なかった事を洗い出してて、しっかり

見直すことが大事だと思います。

まとめ

いろんな意味で、努力を認めて貰えたことが大変うれしく思いました。

でも、だからといって、全く安心できる状況ではないことは明らかです。

尚更に、しっかりいろんな事を洗い出し、考えている事などをしっかり

練っていくことが今後には必要であると思います。

今なお強く思う、人間として大切な事。

こんばんわ。

大学を卒業して、今年で丸三年になります。

私はいろんな意味で、精神的にしんどい思いを今までにしてきました。

ですが、そのしんどさがあったから、今があるのかなとも感じています。

特に今回書こうとしているのは、大学時代に会ったある先輩と、ある同期に

ついてです。このような人達との出会いがあったからこそ、今の私があるのか

なとも思っています。

大学二年生の時にあったD先輩

私は、大学時代、一貫して部活動をしていませんでした。

よく医療系、特に医学部では部活動内での過去問情報の共有が普通にされている

中で、部活に入っていない人達に過去問の情報が入ってこないですし、もし

過去問情報を共有しようなら、『入っていないのに、なんで共有する必要があるの?』

 と嫌味を言われることもあると聞きました。

(実際にはないかもしれませんが、そういう事情のある所も学校によってはあると

 聞きました。もし間違いがあればコメントください。)

そのため、もし私がそういうことをしようものなら、確実に嫌味を言われたことでしょ

う。

ただ、私はいろんな事情があって、敢えて部活に入らない選択をしました。

もちろん、それで過去問の情報が提供してもらえなくても仕方ないと思っていましたが

私の学年の同期が、私に、過去問の情報を提供してくれたことがありました。

当時はD先輩とは全く面識もなく、話もしたこともない。それでも、その先輩から、

過去問の情報が下がってきたということ。それなら、こちらから、お礼を言わないと

それこそが礼儀だという思いから、自ら学年が上の先輩に対して、お礼を言いに

行きました。私としては、周りからはそこまでする必要があるの?と不思議がられまし

たが、一度でも資料提供をしてもらった立場である以上、こちらがきちんと礼を尽くす

のが当たり前ではないか。と思っていました。

その先輩は、『気にしなくていいよ』と笑っていってくれましたが、それでも、

私は頭を下げ続けました。そこから連絡先を交換して、気が付くと、今でも話が

出来る先輩になっていました。

そして、私と、生まれた年が実は一緒であり、それがもとで、少しばかり、砕けた

話し方もお互いにすることもありますが、そうはいっても先輩と後輩という関係で

あるという認識の元、かかわりが続いています。

※実は私は、浪人の関係で二年遅れで大学に入っていました。なので、高校

 卒業年を聞いた時に、歳が同じである事がわかったんです。💦

大学4年の時にあった編入生のB先輩

この先輩は、本当にずば抜けて出来る編入された先輩でした。

元々は国立大学の水産学科を出ている方でしたが、いろいろな思いから薬剤師に

なることを決意され、大学を入り直したという方でした。

頭がいいだけの人かなと思いましたが、その方の心意気を感じて、熱いものを

見た気がしました。

いろんな意味で、私は、この先輩にも、教えて頂くことが多く、自分の気持ちを

ストレートに出せる人でした。

大学一年から出会ったある同期のGさん

私はこの人との出会いでいろんな思いを払しょくする事が出来たと思っているぐらい、

私にとって一番の感謝すべきひとだなと思っています。

私は彼女と出会う前までは他の友人と仲良くしていました。

しかし、価値観の違いから、私自身が気持ちを整理できなくなり、一旦距離を

おいていた時に、同じ薬学部の図書館で出会ったんでした。

初めての私に対して、『Rasさんのこと、入学式の時に、私の母と隣に座ってた貴方の

親御さんから聞いていて知っているよ』と言われ、何を言っているんだ。

という気持ちを持ちました。しかし、私の事を知っているため、思っていることを

ストレートで言ってくるため、私としては、びっくりでした。

ただ、彼女の人柄に触れるにつけ、人間として人気を博す彼女に対して、

物凄く気持ちの面でいいなと思う部分と、人として尊敬の念を感じていました。

ただ、彼女も多少短気な部分があるのは知っていたのですが、私と一緒の時は、

ゆったりとしていますが、一人の時は、めちゃくちゃしっかりしているところが

ギャップとして強く感じて、本当に凄いなという気持ちを持ちました。

彼女は自分の意見を物凄く、しっかり持っていて、私も凄いなと思う部分があり、

見習わないといけないなと感じています。

とはいっても、彼女の真っすぐな考え方や思いには打たれるものがあり、それに対して

強く、感じる部分もありました。

今でも、彼女に電話することもあります。でも、その時にも、自分を支えてくれて

いるんだなという部分は忘れてはいけないんだと強く感じました。

まとめ

自分が書き出してみて、思ったのは、どの方たちも、自分を強く持つだけではなく、

人としての優しさも兼ね備えていました。

人の苦労に対して、その人にどれだけ親身に寄り添えるかですが、やっぱり自分が

そういう苦労をしていないとわかりませんし、理解すらできません。

自分が何事なくすんなり出来る方ならなおさら理解できないでしょう。

でも、上記に書いていった方たちは、決して冷たいわけではないですが、人として

の心意気は熱いものを持ち合わせていました。

私も、卒業してもなお、その先輩方とのつながりが続いていることを考えると、

自分が動く事が出来ないと良質な関係には発展していかないですし、学部が違っても

人とのかかわりの中で、大事なのは、その人への理解だと思います。

出来ないなりにも努力している人であっても、自分の働きだけではなく、人からの働き

に対してどれだけ、感謝ができるかではないかと思います。

人との繋がりをより良質にしていこうものなら、考えるべきは、人との関り合いが

どういうものかではないかと思います。

自分から動いて気持ちの面で、しっかりしたものを身に着けておくことも大事だと

思いました。

106回薬剤師国家試験の反省

こんばんわ。

皆さん、心配して頂きありがとうございます。

無事、何事もなく国家試験を受けることができました。

ただ、自己採点の結果が思わしくない点でした。

今のところ、222/345(64.3%)という状況であり、どちらに転ぶのかは

全くわからない状況です。

 

そんな中ですが、自分なりにどういう部分が反省点としてあげられるのかを

考えてみたいと思います。書き残す事でもないと思いますが、今後受けるであろ

う皆さんのためになることがあればいいなと思います。

時間管理が不適切であった

生活習慣では、同じ時刻に起き、食べて、授業を聞き、また食べて、という事

の繰り返しでした。なので、これだけ見れば問題がないように思いますが、 

実際には、食べるのが遅かったり、自分のノルマをしっかり消化できていなかった

ということも反省点としては一番に挙げられる点だと思います。

勉強時間が取れなかったことはないので、自分の時間の使い方に何かしらの

問題点があったのではないかと思っています。

繋がりを意識した勉強をしていた…でも

去年より、14点も上がっている点、必須、理論は模試以上に点が取れている事なども

含めて、勉強の仕方としては間違っていないと思っていました。

ただ、実践が今回思うように取れてこなかった、という事実を見た時に、もう一回、

やり直した時に、『落ち着いて解ければ、解けたのに』という問題が散見されました。

自分の物になるまでの繰り返しが科目によってばらつきがあったのかもしれません。

私の仲で、繋がりを意識して勉強したとしても、それが本当の意味で、自分の物に

なっていなかった、そういう科目が点数という目で見えるバロメーターとして出てきて

いるため、嫌でもそう思わざるを得ない状況です。

同じところでの間違いがある点。

間違いを直しても、気が付いたらまた間違ってしまう。間違う問題の本質を理解できて

いないのかもしれません。なぜ、繰り返し間違うのか?そこの本質まで理解できていな

いからこそ、何度もおなじところで間違えているのではないか。

そのうえで、どのようにすれば、間違いを減らせて、安定した成績を取れるかを

考えないといけないのではないか。と思っています。

そもそも、勉強の仕方に問題があるのでは?

私自身、去年と比較しても、14点上がっている事を考えても、かなり伸ばした方なのに

なんで成績が出ていないと言われてしまうのか、理解ができずにいました。

しかし、先ほど、大学時代の先輩と話していて思ったのです。

今までのやり方では、全く上がらない、又は、伸び率が不十分になってしまう。

ということを自覚できました。

私自身、自分が努力していないかのように、言われることが辛かったですが、

自分が思っている以上に、出来ていないということが多いということがあるという

ことが考えられるのです。

ただ書くだけ?それが頭に入ってきていないとも言われました。

書くことで、前向きに意識を向けることができるので、別段、書くことに違和感を

感じたことがなかったです。

 

書くことで、頭に入ることもあったのですが、それを繰り返すことがやっぱり

できていなかったのかもしれないなと感じました。

まとめ

かなり大雑把に書いていきましたが、ここで考えられるのは、『繋がりを意識して

勉強してもそれが繰り返せていなければ全く無意味であるということ。』

『自分が思っている以上、成績が取れていないのはどこが原因なのかを考える』

ということを意識してみないといけないのではないか、と自分を見返した時に、

感じました。

成績が十分とれていれば特に思わなかったことですが、今回自分がどうしていくのが

いいのかなどを考えていきたいと思います。

国家試験直前だからこそ、ちゃんと考えないといけない点。

こんばんわ。

直前講座が終わり、いよいよ明日、出陣式が行われます。

今までの勉強で、出来ない事、出来る事いろいろありましたが、実際に考えてみると

模試を解いていて、時間の管理感覚が狂ってしまったことが成績の落ち込みの原因で

あったと考えています。

 

そのため、私と同じように受験を考えている方に向けてと、自分が注意すべき点を

試験直前だからこそ、見えてくる事に意識を向け、試験の時に、慌てないように

すべく考えてみたいと思います。

時間管理を適切に

特に難しい問題や、考えても解けない問題など、実際の問題を解く時には、

絶対に出てくる、あるある話です。

それにもし当たった時に、どうするかですが、絶対にしてはいけないのは、

深追いだと思います。

深追いをして、多少の時間的犠牲を払って解け、正解してる問題であれば、

その時間が決して無駄ではなかったと言えると思います。

しかし、深追いをした挙句、その問題が解けずに、不正解であったらどうでしょう。

悲しいです。

そして、その挙句に、自分が解けていた問題があっても、解けていなかったら、

更に辛くなりませんか。

そんなの考えたくないですよね。だからこそ、深追いするか否かを、問題を見て、

瞬時に判断することが必要です。要は、時間管理です。

自分が模試を受けた時に、時間がかかりそうな問題に対しては、『途中まででも、

解答の糸口が掴めそうかを見る』とだけ決めて、問題を解き始め、最後まで行けそう

なら、行く。もし、無理そうなら、一旦計算をやめて、次の問題に進むようにして

いくのがいいと思いますし、本番でもそうしないといけないと感じています。

マークミスをしない。

マークミスをするだけで、一点でも上がるなんて美味しい話はないよ。と

昨日の薬理の講義で言われたことです。

二つ選べか、一つ選べかで、全く異なってきます。が、この部分が全くダメだと

点が足らずに落ちたということにもなりかねません。

緊張の中、マークをするのであれば、なおの事、落ち着いて塗るということに

注意していなければならないと思います。

得意科目、苦手科目両方に対して、しっかり見直しをする。

私の内心では、薬理、法規はなおの事ですが、他の科目でも、点が取れる問題は

かなり多くなりました。

ただ、苦手意識がなかなか払拭しきれずに、足を引っ張っている科目があるのも事実。

だからこそ、自分が試験前にいきみ過ぎないようにすべきではないかとも思っていま

す。

苦手な科目で満点を取る必要はない。でも、得意な科目では満点が取れるだけの力を

かけた方がいい。

どの科目が苦手か、否かですが、それは人により、異なると思うので、そこの部分は

夫々が個々の状況に合わせてみてあげるといいなと思います。

全集中の呼吸で、国家試験を迎え撃つという気持ちで。

すみません、『鬼滅の刃』に寄せた国会の答弁で話題を呼んだ『全集中の呼吸』ですが

今の今になって、この呼吸が国家試験を迎えて気持ちが波立っている方には、

丁度いい一言ではないかと思います。

出来ない問題が出ても、そこで焦ったところでどうもならないです。

自分が出来る問題を確実に取れれば、国家試験は受かります。

そこを間違わないでほしいです。

難しい問題が解けたほうが、確かに、気持ち的には、『やってやった』っていう

気持ちが出てきて、達成感が出てくるとは思います。

でも、別に解けなくてもいいです。みんなが取れるところが解けること。

そこを確実に自分も解いていける事が凄く大事だと思います。

まとめ

ブログに書くほどのことではないですが、今の溜まっている物を出し、

気持ちを落ち着かせるために、書き残そうと思い、書きました。

出来る問題をちゃんと解けるためには、ある程度の時間は必要ですし、

時間管理を適切に出来ることが、国家試験を無事に受けきる上では必要であると

感じています。

後数日ですが、今出来ることをしっかりやって、試験に臨みたいと思います。